狂人日記

直前期なので更新は控えめです。読者諸氏、頑張りましょう。

169 12/6(②金)

駿台東大模試返却を受けて

まず最初に、やはり成績表は見ません。

この浪人生活は、膨大な時間をただ一人で黙って過ごすことで、今まで見えていなかった自分を見つけることができた一年でした。気質が根暗ですから、自らの人生が劇的どころかひたすらに矮小であると気づいてしまった時には、(ご存知の通り)うつ状態に陥ることもありました。何に対しても本気になってこなかった僕の、最も奥底にある「欺瞞」という本質を目の当たりにしてしまった、と言い換えることもできます。

人間、誰しも欺瞞に満ちていると思います。だからSNSで自らの好きなものを発信せずにはいられない、連帯せずにはいられない。誰も見ていない間もただただサッカーボールを蹴り続けて、その動作一挙手一投足に原初的な快感を覚え、誰かに静止されるまで時間を忘れて練習に没頭する。そんなジャンプのスポ根の主人公のような方は別でしょうけど、それはごく少数なはずです。

そう、みんな欺瞞に満ちている。あえて例は挙げませんが。欺瞞という概念を知らない、日本の(恐らく)4割くらいの人間は毎日を楽しく健やかに過ごしているかもしれません。でも残りの6割は欺瞞を暴いた経験があるはずです。というか、この僕の人生問題、即ち「欺瞞の暴露」は極めてありふれたものだというのが僕の見立てです。これはいわゆる思春期の延長線上にあるもので、そのベクトルは-m倍したら厨二病に到達し、n倍したらそこらの物憂げな大学生のニヒリズムに到達し、そしてそのメランコリーの処方箋としてモラトリアムという概念が存在する。まさに大学在学期間中に。そんな気がしますけど、どうでしょうか。「自分探しの旅」は、きっと欺瞞のない自らの本質を得ようと足掻いてのものなのでしょうね。少なくとも僕にはそんな動性は毛頭なく、せいぜい布団に篭って自己憐憫に浸るのが精一杯ですが。

何が言いたいか。僕が今後健やかな人生を送るためには、この欺瞞をいつかは受け入れる必要があるし、そしてそれは不可能ではないだろうということです。何てったって、6割側の大人たちも今は幸せそうにしてるんですから。

まずは泥臭くあがくことにしました。欺瞞への忌避をやめます。…だからこそ、受容への一歩目として、成績表を見ないことにしたんです。なんだそんな下らない話かよって、そうです。すみません。でも僕がこの結論を演繹するまで、その逡巡にはこうした論理過程があるということを、読者諸氏には知っていただきたかった。【僕の鬱について】という記事は、今までの記事の中で最も反響があったものでした。あの文を読んで何かしらの反応や共感をしてくださった方々に、僕は少なくともこの浪人生活では、こういうケリの付け方をすることにしたと、そうお伝えしたかったんです。

成績表は見てないから本当はそんなに判定悪くないかもしれないけど、E判定だと決めつけて憐憫・陶酔をバネにする。フランス現代思想とかぶっちゃけどうでもいいけど、知的好奇心の恣にペンを走らせる。別に東大行く意味なんかないけど、東大合格は僕の使命だから粉骨砕身努力する。

あと81日。本当は大して行きたくもない大学に行くために、ここから死ぬ気で挽回します。この長文が言い訳(セルフ・ハンディキャッピング)じゃないということは、今後の記事で証明いたしましょう。本気の俺を見せてやるぜ!!!……………って、単純に秋模試失敗して焦ってるってだけなんですけどね、ワハハ。

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